「では手続きはこれで完了だ。日吉を呼んでおいたから一緒に帰りなさい。」
「日吉…くん?」
「ああ、私が手配したマンションがたまたま日吉の家の隣だったのでな、
 送ってもらうといい。」
「えっ?隣ぃぃ?!」















はじまりのうた 3

















事務室の入り口に日吉の姿が見えたのであろう。
榊先生があたしの背中を押し、出口へ向かわせる。



「日吉、宜しく頼んだぞ。」
「はい。」
は青学から転入してきて、まだこの辺りのことには詳しくない。
 近隣のことなど教えてやってくれ。」
「はい、分かりました。」


青学!
あたし青学にいたことになってんの?!


じゃ、リョーマくんとか、手塚先輩とか不二先輩とか……
知り合いだったらいいなぁ…。







「ぼーっとしてるなら置いてくぞ。」
「あっ。ごめん。」


怒ったような日吉の態度にあたしはびくっと体を震わせた。






















「面倒かけてごめんね。地図もらえたら一人でも帰れたと思うんだけど。」
「別に。どうせ同じ道なんだからな。」



端正な顔にさらさらの髪の毛。
一瞬、日吉の横顔に目を奪われる。


こんなかっこよかったっけ?日吉って。
漫画では跡部や忍足にいいところを持っていかれてたような気がするけど、
こうしてしみじみ観察すると日吉ていい顔してるなぁ。




「俺の顔に何かついているのか?」
「えっ。違うよ。」
「じゃあ、そんなにじろじろみるなよ。」
「だって、かっこいいなぁって思って。」
「ばっ!な、何を言い出すんだよ!」



慌てふためく日吉の様子がおかしくて、
あたしは声をだして笑ってしまった。


「変な冗談いうな。」
「別に冗談じゃないもん。ホントにそう思ったんだもん。
 キレイな顔してるなって。」


赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いている日吉。
なーんかかわいいなぁ。


「ねぇ、日吉って2年だよね?」
「ああ。」
「同じ学年だね。」
「そうみたいだな。」
「じゃあさ、同じ歳だしさ、ヒヨって呼んでいい?」
「は?よくないに決まってるだろ。」
「なんでよー。いいじゃん照れなくても。あたしのことはって呼んでいいよ。」
「遠慮しとく。」


むすっとした顔で即効拒否されちゃったけど、
いいもんね、呼んじゃうから。



「ねぇ、ヒヨ。」
「ヒヨって呼ぶな。」
「もう諦めなって。それより家はまだ?」


悔しそうな表情であたしを見ながら、ヒヨは少し先に見えてきた、
白いマンションを指差した。


「あそこだよ。」
「へぇ〜、なかなかいいマンションだね。」
「跡部財閥所有のマンションだからな。億ションだろうな。」
「億?!そんなところにあたしが住んでいいの?」
「いいんだろ?榊先生が用意したって言ってたし。」



マンションに近づくにつれ、その立派な建物に
気圧されそうになる。


な、な、な、なんかすごすぎ。
あたしには勿体無いくらい豪華なマンション…。




入り口の自動ドアを抜け、セキュリティシステムの前に立つ。


「早く鍵だせよ。」
「あっ、そ、そうだね。」


さっき先生から受け取った鍵でロックを解除する。
最上階……。
夢の中とはいえ、ほんとにいいの?


「じゃ、俺はここで。」
「ま、待って!!」



ロックが解除されたのを見届け、この場から立ち去ろうとする日吉の手を
あたしは思わず掴んでしまった。



「い、一緒に上まで行かない?」
「なんで俺が…。」
「こんなとこにかよわい乙女を置き去りにする気?」
「こんなとこってお前の家だろうが。」
「卑怯者!!」
「なんでだよ!!」



女の部屋になんか行きたくないと駄々をこねる日吉の手を掴んで、
あたしは無理やりエレベーターに乗り込んだ。












「最悪だな。」
「ちょっとだけ付き合ってくれたっていいじゃん。どうせ隣なんだし。」
「中には入らないからな。」
「なんで?」
「常識だ。」
「意味わかんない。ほら、ついたよ。」



最上階はワンフロアを1部屋で占めていた。



「すご…。」



あまりの豪華さに思わず絶句する。





ここここここここ、こだよね?
どもりすぎだ!



だって、すごすぎ。

エレベーターホールだけで我が家が納まると思う。







「早く鍵あけろよ。」
「あっ。う、うん。」


日吉にせかされ、あたしはあたふたと鍵を取り出し、
部屋へと足を踏み入れた。




「ありえない・・・。」




漫画の中だ、夢だと自分に言い聞かせても、
ドアを開けたらあまりに縁のない世界が広がっていて呆然としてしまう。






「じゃ、ちゃんと鍵閉めとけよ。」
「待って!置いてかないで!!!」



絶対逃がすものかと日吉にタックルをかます。



「痛て!」




玄関で押し倒された日吉を上からガッチリ押さえ込む。





「お願いだからもうちょっと一緒にいてーーー!
 襲ったりしないから。」
当たり前だ!!てか、離れろ!!」



あたしの発言に真っ赤になりながら、日吉はあたしを引き剥がそうとする。



「絶対、あたしが帰って良いよって言うまで帰らない?」
「そんな約束はできない。」
「じゃあ、離れない。」
「!!!」



ますます腕に力をこめて日吉に抱きつく。




「分かった!分かったから離れろ!」



お手上げだというようにあたしの肩をぽんぽんと叩いた日吉に、
あたしはニッと笑顔を送った。




「約束したからね!」













「一介の女子中学生にこんな豪華なマンション用意するなんて、
 榊先生の価値観疑うよ。」
「ショボイよりいいと思うが。」
「まあ、そうなんだけど〜。」



あたしと日吉は一通り部屋の中を探検し終えて、
リビングでお茶していた。




「必要な家具とか家電とか食材とか一通り揃ってるし至れり尽くせりだね。」
「ああ。それよりもういいだろ?俺を解放してくれ。」
「まだだめなの!」
「なぜだ?先輩たちにの部屋に行った事が知られたら…。」
「べつにいいじゃん。バレたって。」
「俺を余計なことに巻き込まないでくれ。」
「そっか。ごめんね。でも、大丈夫だから。」
「は?」
「明日になったらあたしは消えてるから。」



訝しげな表情の日吉に背を向けて、あたしは考える。




寝て、起きたら、あたしはまた狭い6畳間の住人だ。
また淋しい毎日が続くだけ。




もう少しこの世界を楽しみたい。




その為にはできるだけ長く起きていないと。

夜更かしの友は……話し相手・・・。



























「ヒヨ。今日泊まってかない?」
断る!



即答かよっ!





「あたしが帰っていいって言うまで帰らないって約束したじゃん。」
「泊まるとは約束してない。」
「だから、寝なきゃいいじゃん。」
「……。」
「こうやって一晩中おしゃべりしてるの。」
「他を当たってくれ。」





難しい顔してあたしを見てる日吉。

そんなに嫌なのかな…。

たしかにこんなのあたしの我侭だもんね。







「つき合わせちゃって悪かったね。もう帰っていいよ。」
「あ、ああ。」




急に変わったあたしの態度に戸惑いつつ、
日吉はカバンを掴むとソファから立ち上がり、さっさと玄関へ向かう。




「今日はちょっと事情があって眠りたくなかったんだけど、
 ヒヨには関係ないことだもんね。」


帰っていいよとは言ったけど、こうもあっさり帰られるとなんだか悔しい
あたしは未練がましく玄関に向かう日吉の後姿に話しかけてみる。






「あたし、淋しくてヒヨに甘えちゃったみたい。ごめんね。」
「・・・・・・・・・。」
「明日にはあたしはいないと思うけど、元気でね。」
「・・・・・・・・・。」
「テニス頑張ってね。漫画読んで応援してるから。」
「・・・・・・・・・。」
「ほんとはヒヨにずっといてほしいけど、無理は言わないよ。」
「・・・・・・・・・。」
「こんなか弱い女の子を一人残していくような人
 には見えなかったけど、気をつけて帰ってね。」
「・・・・・・・・・。」
「隣の家だし、もうちょっと居てくれてもいいと思うけど、
 そろそろ帰るよね。」









「いいかげんにしてくれ。」


玄関まで辿り着いた日吉が憮然とした表情で言う。




「あっ、ごめんね。つい本心がでちゃった…。
 じゃあ、永遠のさようならだね。」








バンっ!!



日吉が悔しげに側の壁を叩いた。







「分かったよ!いればいいんだろ?」





がっくりと肩を落とした日吉の手を引き、
再びリビングへと戻る。










「ホントに襲ったりしないから。信用して。」
当たり前だ!!」
「あたしを眠らせないでくれればそれでいいから。」
「おまえ…、なんで眠りたくないんだ?」








「・・・淋しいのは・・・、もうたくさんだから…。」






日吉が当たり前のように発した疑問に、
あたしはそう答えるのがやっとだった。













・・・ next? ・・・











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                    あとがき


    日吉さん主役の回でした。
    硬派キャラを振り回すのが大好きです。
    日吉はこれからも活躍してくれるでしょう。

    最後まで読んでいただきありがとうございました。

    2007/5/11  さえ


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